世界の終わりとはかくも儚く美しいものか。

 

プロローグ Lost Garden

 

 世界が壊れていく。ぼろぼろと、今まで存在してきた全てが無残に小さな粒子となって崩れていく。

 崩落していくのは建物や植物だけではなかった。地面さえ崩れ落ちる。世界そのものが崩れ落ちていた。逃げ惑う命さえ飲み込む、世界そのものの終わりだった。

 そんな絶望的な世界の中を、二人の兄妹は転がるように走り続けていた。街から続く道は少しずつ漆黒の闇へ呑まれている。森の奥へ続く道の先は、果たして存在するのか。

 それすら分からないままに、二人は十人ほどの大人たちと同じように走り続けていた。息を切らして、妹はもう前も見えないほど泣き腫らしていた。お気に入りのおさげは片方がほどけ、涙に濡れた髪が頬に張り付いている。兄が手を引いていなければ、妹はとうに足を止めて、倒れている。

「……にい、ちゃ…………もう、駄目だよぉ……」

「諦めるなっ…………走れ!」

 妹に檄を飛ばし、兄は足場の悪い森の中を走り抜ける。二人とも、泥や砂に汚れ、あちこち小さな切り傷を負っている。

 満身創痍だった。だが、足を止めたが最後、迫りくる崩壊はその口を開いて自分たちを一飲みしてしまう。

 恐怖だけで、兄妹は走り続けていた。今この瞬間も、崩落は続いているのだから。

「うわあぁぁぁぁ!」

 誰かの絶叫が聞こえた。きっとまた一人、消えたのだ。

 闇に追いつかれなくても、唐突に倒れ、細かな粒子となって消えて行く人々も多かった。

――次は自分かもしれない。

 そんな絶望から必死に目をそむけながらただ、走る。その消失は、ただ死ぬのとは違う。完全に、消えてしまう。絶望を直視したら、恐怖にのまれて足が止まってしまう。それを感じている人々は周囲に目もくれず走り続けていた。ただ、あてもなく、逃亡していた。

 不意に、どん、と下から突き上げる振動が襲い掛かる。その反動で足がもつれて、バランスを崩した。

「あっ……!」

 小さな悲鳴と共に、妹の手が兄から離れる。その勢いのままに妹は地面に倒れこんだ。

「ちっ……!」

 自分への苛立ちで思わず舌打ちをして、兄は妹へ手を伸ばし、

「お兄……」

 顔を上げて、手を差し出した妹の手を、兄が掴むことはなかった。

 空しく宙に手を伸ばした兄の目の前で、――たった一人の妹は光の粒となって、消えた。

 それは、あまりにも実感のない、死。そして、自分にも訪れる、消滅。

 妹を喪失した絶望感が、兄の行動を致命的に遅らせた。この悲劇など意にも解さず逃げていく大人たちが、兄の眼に映ることはなかった。空しく宙を掴んだ手を、兄は茫然と見つめる。壮絶な音を撒き散らしながら迫りくる、大地と空の崩落。

――もう、駄目だ。

 ただ茫然と、迫りくる崩落の漆黒を見つめて、少年は立ち尽くす。

「見つけたっ!」

 唐突な声。そして、世界は終わりを告げて、始まりを与えた。

 

◇◇◇

 

 貴方が生きている世界は、一つだと思う?

 ふふ、答えは、ノーよ。世界にはね、いろんな形があるの。惑星や銀河っていう大きな大きな世界があったり、反対に、小さな島一つしかない世界もあるのよ。

 不思議?

 私は別に普通だと思うわ。だって、貴方が読書をしているのを想像してみて?

 その手にしている本の中に書かれているのは、一つの物語であって、一つの世界よ。あら、どうして不思議そうな顔をするのかしら。私は貴方をからかっているわけじゃないのよ。ただ、少しだけ世界の仕組みについて喋ってるだけ。

 じゃあもう一つ質問をするわ。

 世界は生きていると思う?

 え? 生きてるって言わせたいんだろう、って? ふふ、そうかもしれないわ。

 ……そう、世界は生きているのよ。だから、世界は生まれて死ぬまでがあるの。

 命は、生まれてから死ぬまで、誰かの手を必ず借りているわ。植物だって、水と日光を必要とする。太陽だって、燃やす材料が必要でしょう?

 だから、世界も手を借りてもおかしくない。

 不安?

 でも貴方はここから旅立って、そしてここへ帰ってくるだけなのよ。大丈夫、貴方の味方はいるわ。

 苦しくなったら、彼らに聞こえるように叫びなさい。きっと、貴方を助けてくれるわ。貴方の仲間との連絡手段も、整えてくれる。

 ふふ。楽しみだわ。貴方が生み出す命の形を、私たちに見せてくれるのが。

「さぁ、それじゃあ行ってらっしゃい」

 そして、また一つ、世界が生れ落ちた。

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